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Fukushima 50 フクシマフィフティ

日本映画

あの日あなたは、どこで 何をしていましたか?そして 、誰を想っていましたか?

奇跡は起きると、信じたからこそ― 福島第一原発に残り続けた名もなき人たちを、海外メディアは"Fukushima 50"と呼んだ。


2011年3月11日午後2時46分。
東日本大震災発生。
福島第一原発を襲う、史上最大の危機─

原発内で戦い続けた50人の作業員たち。
本当は何が起きていたのか?
何が真実か?マグニチュード9.0、最大震度7という巨大地震が起こした想定外の大津波が、福島第一原子力発電所(イチエフ)を襲う。
浸水により全電源を喪失したイチエフは、原子炉を冷やせない状況に陥った。
このままではメルトダウンにより想像を絶する被害をもたらす。
1・2号機当直長の伊崎ら現場作業員は、原発内に残り原子炉の制御に奔走する。
全体指揮を執る吉田所長は部下たちを鼓舞しながらも、状況を把握しきれていない本店や官邸からの指示に怒りをあらわにする。
しかし、現場の奮闘もむなしく事態は悪化の一途をたどり、近隣の人々は避難を余儀なくされてしまう。
官邸は、最悪の場合、被害範囲は東京を含む半径250㎞、その対象人口は約5,000万人にのぼると試算。それは東日本の壊滅を意味していた。
残された方法は“ベント"。いまだ世界で実施されたことのないこの手段は、作業員たちが体一つで原子炉内に突入し行う手作業。
外部と遮断され何の情報もない中、ついに作戦は始まった。皆、避難所に残した家族を心配しながら―

全ての人に贈る、真実の物語。





  • 佐藤浩市、渡辺謙、日本映画界を代表する2人を中心に、吉岡秀隆、緒形直人、火野正平、平田満、萩原聖人、吉岡里帆、斎藤工、佐野史郎、安田成美ら実力派オールスターキャストが集結。
  • 死すら覚悟し最前線で故郷を守った男たちのドラマ、困難に立ち向かう勇気、自己犠牲の姿、普遍的な家族愛、魂を揺さぶるラストに涙する!
  • 不眠不休の5日間に予測不能なアクシデントが次から次へと起こり、息もつかせない!
  • 原発の中での真実、制御不能の原子炉と対峙したのは本店と官邸の命令を無視して、信じる方法を推し進めた現場の生身の人間だった! !
  • 監督を務めたのは、『沈まぬ太陽』など社会派・骨太作品に定評のある若松節朗、脚本はNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の前川洋一、音楽は『日本沈没 』、『レッドクリフ』シリーズの岩代太郎など一級の顔合わせが実現!
  • 原作は、門田隆将のノンフィクション 「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」(角川文庫刊)
  • あの時、何が起き、何を思い、どう戦ったのか。 極限の場面に現れる人間の弱さと強さを描く。
  • Blu-ray豪華版には、“リアル50"(登場人物のモデルとなった実在の関係者たち)×原作・門田隆将オーディオ・コメンタリーを収録予定! ほか、メイキング・イベント映像も収録!

釜石の“奇跡" ~子どもたちが語る3.11~

巨大津波から児童を守った岩手県・釜石市の「いのちの防災教育」に学ぶ!

東日本大震災で巨大津波に襲われ、1,000人を超す人たちが命を落としたり行方がわからなくなるという甚大な被害を被った釜石市。その中で、“奇跡"と呼ばれる出来事がありました。

地震発生当時、184人の釜石小学校の児童は全員下校しており、家で過ごしたり、海のすぐ近くで遊んでいたりしました。
家で弟とゲームをしていた拓馬君、海岸で釣りをしていた6年生のグループ、ひとりで留守番をしていた大喜君…。
「子どもたちは助からないかもしれない。」そう覚悟したと先生たちは言います。しかし子どもたちは、経験したことのない大地震の直後、
日頃の防災授業や避難訓練を思い出し、大人顔負けの避難行動をとって自分たちの力で生き延びたのです。
子どもたちがどのように考え、判断し、行動したのかを振り返り、危機管理のモデルケースとしても各界から注目される「釜石の奇跡」を、ひも解きます。



・プロローグ
・大人顔負けの行動力~拓馬君の場合
・家族の命を救った説得~愛海ちゃんの場合~
・いのちを守る大事なこと1想定にとらわれるな
・自分で判断した子どもたち~6年生グループの場合~
・九死に一生を得た判断~長谷川兄弟の場合~
・いのちを守る大事なこと2最善をつくせ
・いのちを守る大事なこと3率先避難者たれ
・家族を信じて逃げる~長瀬親子の場合
・エピローグ

出演:片田敏孝(群馬大学教授/広域首都圏防災研究センター長)

3.11を心に刻んで 2019

大震災から8年。様々な立場にある筆者たちは、どのような言葉に思いを重ねて、3.11を振り返るのか。2011年5月以降、約300名の執筆者により毎月書き継がれてきたウェブ連載「3.11を心に刻んで」。その第8期分および被災地の現在を伝え続ける「河北新報」によるレポート、多彩な書き手による「3.11を考えるためのブックガイド」を収録。




東日本大震災―地震・津波・原発被災の記録 特別報道写真集

2011年3月11日、M9.0の巨大地震が発生し、大津波がすべてを奪い去った。被災地の爪痕など、震災発生からの1カ月を記録した写真集。全国新聞社出版協議会の合同出版企画。




救命: 東日本大震災、医師たちの奮闘

あの日、医師たちは何を見、どう行動したのか――津波の恐怖にさらされ、家族との別れを覚悟しながら患者を誘導、極寒の病院の屋上で人々を励まし続けた医師がいた。自身も心に深甚な傷を負い、ともに涙して患者を癒した医師がいた。個人とプロフェッションの狭間で揺れながら、彼らはなぜ行動し、何を目指したのか。9名の医師による東日本大震災の貴重な証言、感動のドキュメント。




3.11東日本大震災 自衛隊災害派遣 絆~キズナノキオク~

2011年3月11日14時46分18秒、三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。
最大震度7という大規模地震とそれに伴う巨大津波は、青森県から千葉県までの600km以上に及ぶ沿岸部に壊滅的な被害を与えた。
さらに福島第一原子力発電所の水素爆発を誘発し、原子力災害というかつて経験したことのない事態を生起させた。
この国難とも言うべき事態に敢然と立ち向かったのが陸海空自衛隊の災害派遣部隊である。
発災直後から全国の自衛隊基地は直ちに救援部隊を被災地に送り込んだ。
更に防衛省は派遣規模を自衛隊災害派遣史上最大の10万人に拡大、その自己完結性を最大限に活かし人命救助や不明捜索、インフラ復旧、生活支援等、多岐に渡る任務に力を尽くしたのだった。
今回の震災は被災地があまりに広大だったために、隊員自らや、その家族が被災しているケースも多かった。
しかし、彼らは自らの事情は後回しにして被災者救援にあたったのである。

本作では、このかつてない大規模災害派遣がどのように実施され、その任に当たった自衛隊員たちがどのような想いで任務に携わったのか。
貴重な記録映像・写真に災害派遣に赴いた隊員たちへのインタビューを織り交ぜながら、東日本大震災自衛隊災害派遣の実相に迫る。






東日本大震災復興支援チャリティライブ KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME "We Are Down But Never Give Up!!"  【氷室京介】

2011年6月11日、12日に東京ドームで「東日本大震災復興支援チャリティライブ KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME “We Are Down But Never Give Up!!” と題してチャリティライブを行った氷室京介。本公演の模様を完全収録したDVDがリリース!

チャリティライブという事で「少しでも賛同してくれる人が増えれば・・・」という想いから全曲BOOWY楽曲で行われた本公演。東京ドーム収容人数の5万5千人に対し、公演決定の発表後には40万件以上のチケット予約申し込みが殺到。急遽翌12日の追加公演が発表された。

それでもチケットが入手困難であったため、公演前から映像作品を切望する声があがる程、リリースが強く求められていた。

2日間同じ楽曲構成で行われた本公演のDVD収録楽曲は「DREAMIN'」「B.BLUE」「NO.NEW YORK」などBOOWYを代表する楽曲から、「LONGER THAN FOREVER」「MEMORY」「B・E・L・I・E・V・E」などのバラード楽曲、そして「PLASTIC BOMB」や「“16”」など、ファン垂涎の楽曲まで網羅した内容になっている。

尚、本DVD作品の販売により発生する氷室京介本人の著作権料は全額、著作権管理団体JASRACが行っている【東日本大震災復興支援基金「こころ音」基金】に拠出することが決まっている。




特別報道写真集 平成の三陸大津波 (2011.3.11東日本大震災 岩手の記録)

2011年3月11日。マグニチュード(M)9.0の巨大地震とそれに伴う大津波が、甚大で広範な被害をもたらした。
岩手県内で撮影した津波襲来の連続写真はじめ、沿岸部各市町村の姿を克明に記録した永久保存版。オールカラー。

地元新聞社だからできた東日本大震災 岩手の記録



【目次】
陸前高田
大船渡
釜石
大槌
山田
宮古
岩泉
田野畑
普代
野田
久慈
洋野
震災後の岩手 それでも前へ
長引く避難生活
広がる支援の輪
天皇、皇后両陛下ご来県
復興への歩み
検証 平成の三陸大津波〔資料〕

証言 自衛隊員たちの東日本大震災

震災発生後いち早く自衛隊は災害出動し、多くの人命を救った――。
自らも被災しながら地域住民を支援した松島基地の隊員、掃海部隊による水中捜索、歯科医官による身元不明遺体の検分等々……その活動は多岐にわたる。

なかでも原子炉容器を冷却するため、原発からわずか200メートルまで近づき真水を供給した「オペレーション・アクア」の実際はほとんど知られていない。

それぞれの持ち場で献身的に務めを果たした自衛隊員四十数名の声を航空自衛隊OBが現地取材。

震災3年目にして初めて語られる真実!





 【芥川賞・直木賞 受賞作】